大阪地方裁判所 昭和61年(行ウ)68号 判決 1988年8月05日
原告
渡辺孝
被告
大阪西労働基準監督署長西田治雄
右指定代理人
浅利安弘
同
鳴海雅美
同
小林省三郎
同
秋山義明
同
南敏春
同
岡田智
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告が原告に対し、労働者災害補償保険法に基づき昭和五八年一〇月一七日付けでなした障害補償給付支給に関する処分は、これを取り消す。
2 訴訟費用は、被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は昭和五六年七月三〇日木造二階建スレート瓦葺の住居解体工事現場において二階部分の屋根を解体作業中、屋根を踏み抜き約一メートル下の中二階に落ち胸部を打撲負傷した(以下「本件受傷」という)。
2 原告は、負傷当日から同年八月一九日まで医療法人寿山会喜馬病院(以下「喜馬病院」という)に入院し、「頸椎捻挫、第一二胸椎圧迫骨折兼部分脊椎損傷、尿路腸管不全損傷」の傷病名で治療を受け、同月一九日から昭和五八年五月四日まで医療法人きっこう会多根病院(以下「多根病院」という)において、「第一二胸椎圧迫骨折、頸部捻挫」の傷病名で治療を受け、同年五月七日から同年九月二一日まで大阪労災病院(以下「労災病院」という)において、「第一二胸椎圧迫骨折」の傷病名で治療を受け、同年九月二一日症状が固定し治癒した。
3 しかしながら治癒後なお障害が残存するので、原告が被告に対し、労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という)に基づく障害補償給付の支給を請求したところ、被告は、昭和五八年一〇月一七日付けで原告の障害は労災保険法施行規則別表第一所定の障害等級第一一級五に該当するものと認定し、同等級相当額の障害補償給付を支給する旨の処分をした(以下「本件処分」という)。原告は、本件処分が不服であるとして、同年一二月八日大阪労働者災害補償保険審査官(以下「審査官」という)に対し審査請求をしたが、昭和五九年五月二三日付けで審査請求が棄却され、さらに同年八月一〇日労働保険審査会(以下「審査会」という。)に対し再審査請求をしたが、昭和六一年七月三日付けで再審査請求が棄却され、右再審査請求棄却の裁決書謄本は、同月一五日原告に送達された。
4 原告には、本件事故に基づき以下の障害が生じている。
(一) 頭を前に動かすと首すじが痛み、脊椎から腰にかけて常に痛む。
(二) 歩いたり身体を動かすと右足首が痛み、腹の筋肉が常にしびれるように痛む。
(三) 食欲がなく、食事後は下痢気味になり、胸が痛くなり、吐き気がする。
5 被告は、原告の残存障害として他覚的に認められるのは第一二胸椎椎体の圧迫骨折による脊柱の変形障害とそれに付随する胸椎下部から腰椎にかけての疼痛であり、その他の主張は他覚的所見に欠けるとともに業務上の負傷との間の因果関係を認めるに足る根拠は乏しいとし、脊柱の変形障害と胸椎下部から腰椎にかけての疼痛という神経症状は別個の障害としてみるべきではなく、いずれか上位の等級による一個の障害として認定すべきであり、障害等級第一一級五に該当するとしている。
6 しかし被告の前記の判断は事実を誤認している。
すなわち原告は、昭和五六年七月三〇日の負傷日から同年八月一九日まで喜馬病院に入院し、「頸椎捻挫、第一二胸椎圧迫骨折兼部分脊椎損傷、尿路腸管不全損傷」の傷病名で治療を受け、同月一九日から昭和五八年五月四日まで多根病院において、「第一二胸椎圧迫骨折、頸部捻挫」の傷病名で治療を受けた。このことからも原告の4記載の障害が業務上の負傷により生じたものであることは明白であるし、また、4記載の症状により服することができる労務につき相当程度の制限が存するものであり、これらはすなわち障害等級第九級七の二に該当すると思慮されるものであり、したがって原告の残存障害は、被告認定の障害等級第一一級を超える障害であることは明白である。
7 よって本件処分は違法であるので、原告は被告に対し本件処分の取消しを求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1、2の事実は認める。
2 同3の事実のうち、再審査請求棄却の裁決書謄本の送達日が昭和六一年七月一五日であることは不知。その余の事実は認める。
3 同4の事実のうち、原告に第一二胸椎下部から腰椎にかけての痛みが残存することは認めるが、その余の障害が残存することは否認する。
4 同5の事実は認める。
5(一) 同6の事実のうち、原告が治療を受けた病院、治療期間、病名がその主張に係るとおりであることは認めるが、その余の事実は争う。
(二)(1) 労災保険法に基づく障害補償給付は、労働者が業務上負傷し又は疾病にかかり治癒したときに身体に障害が残存する場合に、その障害の程度に応じて行うこととされており、したがって障害補償給付は、右障害が負傷又は疾病と因果関係を有しかつ将来においても回復が困難と見込まれる精神的又は身体的な毀損状態の場合であって、その存在が医学的に認められ、労働能力の喪失を伴う場合になされるものであり、その身体障害、障害等級、給付の内容は障害等級表に定められているところである。
(2) 被告が原告の残存障害を第一一級五に該当すると認定した理由は以下のとおりである。
ア 原告の残存障害の状態について
(ア) 本件受傷当時の主治医である喜馬病院の喜馬医師は、その症状所見書において、「第一二胸椎圧迫骨折兼部分脊髄損傷兼腸管、尿路不全損傷、頸椎捻挫」の診断名で入院加療しており、初診時の症状は「第一二胸椎の痛み及びエックス線による圧迫骨折を認める、腹満感及び腸管マヒあり、ガス大腸における著明なる貯溜を認める。左頸部痛あり、第二、三頸椎に不安定ずれがあり、かつ、第四、五頸椎に変形を認む」と所見を述べている。
(イ) 多根病院の黄医師は、症状所見書において、「第一二胸椎圧迫骨折、頸部捻挫」の診断名で加療しており、初診時の症状は「頸部痛及び腰背部痛を訴えるも下肢の神経症状を認め得ず」とあり、診療及び症状経過等については、「入院の上ベット安静の後、理学療法を中心に治療を施行する。腰椎の前後屈が著しく制限され、傍脊柱筋の筋緊張強く、エックス線、CT、所見などで特記すべきことはみられなかった。」「昭和五八年五月四日以降来院なく転帰時の症状としては棘突起部の叩打痛マイナス、胸腰椎の可動域制限著明」と所見を述べている。
(ウ) 労災病院の津田隆之医師は、障害補償給付支給請求書添付の診断書において、「障害の状態・圧迫骨折部より腰部にかけて持続する痛み(特に前屈にて著明)、右下肢痛及びしびれ感。関節運動範囲・制限なし。」と所見し、さらに審査官に対する症状所見書において、「第一二胸椎周辺部の痛み、特に前屈時に増強する。右下肢痛、しびれ感。腿反射は正常、腰椎可動域も正常。圧迫骨折後二年を経過しており、骨折部は治癒していると考えられ、改善の可能性はないと考えられる。症状固定以後も同様の背部痛、左下肢痛が持続している。」と所見を述べている。
(エ) 河村病院の河村医師は、審査官に対する鑑定書において、「所見・1 外観上脊柱に変形なし。運動は疼痛のため制限される。胸椎下部から腰椎全般にかけ圧痛がある。下肢伸展挙上テスト右六五度左七五度。膝蓋腱反射両側軽度減弱、アキレス腱反射両側減弱。病的反射なし。下肢に知覚、運動障害なし。2 レ線所見・第一二胸椎椎体は、中程度楔状扁平化。胸腰椎全般に骨棘形成などの変形性脊椎症変化をみる。3 鑑定意見・障害等級について、原処分庁の認定は妥当と認められる。」と所見及び意見を述べている。
イ 障害等級認定
(ア) 前記医証に基づき本件障害等級認定の当否を考えると、原告には、外観上明らかでないが、エックス線写真上明らかな第一二胸椎の圧迫骨折による脊柱の変形障害が認められ、その障害等級は第一一級五「せき柱に奇形を残すもの」に該当する。なお被告及び審査会におけるエックス線写真読影の結果においても脊柱の変形が確認されている。
さらに、原告には、第一二胸椎骨折部周辺の疼痛の残存が認められるが、医学的にみて、骨折部の楔状化が存する場合に疼痛が発現することは医学常識であり、またその程度は、「労働には通常差し支えないが、時には強度の疼痛のため、ある程度差し支える場合があるもの」と認められることから障害等級第一二級一二「局部にがん固な神経症状を残すもの」を超えるものではない。
(イ) しかし右の神経症状については、脊柱の変形障害に通常派生する程度の付随的障害であり、主たる身体障害である脊柱の変形障害に吸収され一個の障害として把握すべきであるから、原告の残存障害は右の脊柱の変形障害(上位の等級)によるものとして、障害等級第一一級五に該当するものである。
(3) 原告は、請求原因4(一)ないし(三)の症状が存し、これらは障害等級第九級七の二に該当すると主張する。原告の愁訴は多彩であるが、本件受傷との間に因果関係が存し、かつ、医学的に証明可能である症状は、第一二胸椎の楔状変形及び同部位周辺部の圧痛のみであって、これらの他覚所見からして、被告が認定したとおり原告に残存する障害として認められるところは、脊柱の変形障害とこれに随伴する神経症状のみである。
したがって、被告のなした障害等級の認定は適正なものである。
なお医証において、原告には変形性脊椎症の存在が認められているが、かかる変化は、本件受傷との間に因果関係を有しない退行性変化、すなわち加齢による生理的老化現象であることも十分推認されるところである。
(右(二)の事実に対する原告の認否)
争う。
6 同7の事実は争う。
第三証拠(略)
理由
一1 請求原因事実のうち同1、2の事実、同3の事実のうち再審査請求棄却の裁決書謄本の送達日を除くその余の事実、同4の事実のうち原告に第一二胸椎下部から腰椎にかけての痛みが残存すること、同5の事実及び同6の事実のうち原告が治癒を受けた病院、治癒期間、病名がその主張に係るとおりであることは当事者間に争いがない。
2 そして右当事者間に争いのない事実並びに(証拠略)及び原告本人尋問の結果を総合すると以下の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
(一) 原告は、訴外堀之内土建株式会社(以下「堀之内土建」という)が施工する東大阪市岩田町一丁目三所在の木造二階建スレート瓦葺居宅の解体工事現場において右建物の解体作業に従事していたが、昭和五六年七月三〇日午前一〇時ころ二階部分の屋根を解体作業中、スレート瓦葺屋根を踏み抜き約一メートル下の中二階に転落し胸部を打撲負傷するという本件受傷をした。
(二) 原告は、負傷当日から昭和五六年八月一九日まで喜馬病院に入院し、種池医師が主治医となり「第一二胸椎圧迫骨折兼部分脊髄損傷兼腸管、尿路不全損傷、頸椎捻挫」の傷病名で治療を受けたが、その初診時の症状は「第一二胸椎の痛み及びエックス線による圧迫骨折を認める、頸部痛、腹満感及び腸管マヒあり、ガス大腸における著明なる貯溜を認める。左頸部痛あり、第二、三頸椎に不安定ずれがあり、かつ、第四、五頸椎に変形を認む」というものであった。しかしマジック床着床、カテーテル使用、薬剤の点滴、「グ」浣等の治療により、症状は軽快に向かった。なお「グ」浣は退院直前までなされたが、腹部の症状についての診療録の記載は同年八月四日までであり、後記の多根病院への転院に際しての種池医師作成の紹介状には病名として「第一二胸椎圧迫骨折、頸椎捻挫」とのみ記録され、腹部の症状についての記載はなかった。また頸部についての治療は特になされなかった。
(三) 原告は、昭和五六年八月一九日に雇い主である堀之内土建が原告を看護する都合上堀之内土建の近くに所在する多根病院に転院し、同日から昭和五八年五月四日まで多根病院において、杉本医師及び黄医師が主治医となり「第一二胸椎圧迫骨折、頸部捻挫」の傷病名で昭和五六年九月二八日までは入院して、同日からは通院して治療を受けたが、その初診時の症状は「頸部痛及び腰背部痛を訴えるも下肢の神経症状を認め得ず」というものであり、診療録にも特に腹部の症状についての主訴、他覚的所見の記載はなかった。そして診療及び症状経過等は「入院の上ベット安静の後、理学療法を中心に治療を施行する。腰椎の前後屈が著しく制限され、傍脊柱筋の筋緊張強く、エックス線、CT、所見などで特記すべきことはみられなかった。」「昭和五八年五月四日以降来院なく転帰時の症状としては棘突起部の叩打痛マイナス、胸腰椎の可動域制限著明」というものであった。なお頸部については、入院時の処置及び入院直後の昭和五六年八月二一日の処置として頸部湿布がなされたがその余の治療は特になされず、理学療法も腰部になされたものである。
(四) 原告は、昭和五八年五月七日から同年九月二一日まで労災病院において、奥中医師及び津田医師が主治医となり「第一二胸椎圧迫骨折」の傷病名で治療を受けたが、その初診時の症状は「骨折部付近の背部痛、右下肢痛及びしびれ感。反射異常(下肢)は認めない」というもので、エックス線写真によると第一二胸椎が圧迫骨折により楔状化しているというものであった。そして診療及び症状経過等は「消炎鎮痛剤、ビタミン剤投与による対症療法。服薬すると痛みは軽減するが持続していた」「第一二胸椎周辺部の痛み、特に前屈時に増強する。右下肢痛、しびれ感。腱反射は正常、腰椎可動域も正常。圧迫骨折後二年を経過しており、骨折部は治癒していると考えられ、改善の可能性はないと考えられる。症状固定以後も同様の背部痛、右下肢痛(なお前掲乙第六号証、第一五号証に一部「左下肢痛」との記載があるが、他の証拠と照らし合わせると「右下肢痛」の誤記と解される)が持続している。」というものであり、同年九月二一日症状が固定し治癒したとされている。なお診療録に腹部の症状についての記載はなかった。また頸部については、傷病名としてもあげられてはおらず治療もなされなかった。
(五) なお原告は、本件処分についての審査請求の審理に際し指示により昭和五九年三月二一日に河村病院の河村医師の診療を受けたが、その際の原告の主訴は「1 背中から腰にかけて痛い。2 右臀部外側も痛い。3 後頭部が痛い。4 臍のまわりが痛い。ときにチカッとする。5 日に二~三回便をする。再々排便したくなる」というものである。しかし河村医師の所見は「1 外観上脊柱に変形なし。運動は疼痛のため制限される。胸椎下部から腰椎全般にかけ圧痛がある。下肢伸展挙上テスト右六五度左七五度。膝蓋腱反射両側軽度減弱、アキレス腱反射両側減弱。病的反射なし。下肢に知覚、運動障害なし。2 (レ線所見)第一二胸椎椎体は、中程度楔状扁平化。胸腰椎全般に骨棘形成などの変形性脊椎症変化をみる」というものであり、鑑定意見として障害等級につき「原処分庁の認定は妥当と認められる。」というものであった。
二1 とこころで原告は、本件受傷に基づき左の障害が生じた旨主張し、これにそった供述をする。
(一) 頭を前に動かすと首すじが痛み、脊椎から腰にかけて常に痛む。
(二) 歩いたり身体を動かすと右足首が痛み、腹の筋肉が常にしびれるように痛む。
(三) 食欲がなく、食事後は下痢気味になり、胸が痛くなり、吐き気がする。
2 しかしながら前記認定の事実及び弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる(証拠略)(医師河村禎視作成の鑑定意見書)、(証拠略)(いずれも原告のエックス線写真)を総合すると、以下のとおり判断され、原告本人尋問の結果中右判断に反する部分は採用できず、他に右判断を覆すに足りる証拠はない。
(一) 原告の訴える症状のうち、まず脊椎から腰にかけての痛みについては、第一二胸椎圧迫骨折の後遺症として骨折部から下方の腰部にかけての疼痛が遺残する可能性があり、本件受傷との因果関係を認めることができる。
しかしながら頭を前に動かすと首すじが痛むという症状は、本件受傷との因果関係を認めることができず、変形性脊椎症又は本件受傷とは無関係の他の外傷により生じたものと解される。すなわち喜馬病院での傷病名として「頸椎捻挫」があげられ、初診時の症状として「左頸部痛あり、第二、三頸椎に不安定ずれがあり、かつ、第四、五頸椎に変形を認む」とされている。また多根病院での傷病名にも「頸部捻挫」があげられ、初診時の症状として「頸部痛を訴える」とされている。しかし喜馬病院では、前記の第二、三頸椎の不安定ずれが本件受傷により生じたものであるならば相応の頸髄症状、神経根症状などの障害が生じてこれにつき診療録に記載がされるはずであるのに、前記程度の記載にとどまっており、しかも頸部についての治療は特になされなかったこと、多根病院でも入院時の処置及び入院直後の昭和五六年八月二一日の処置として頸部湿布がなされたがその余の頸部についての治療は特になされず、理学療法ももっぱら腰部になされたものであること、労災病院においては頸部については傷病名としてもあげられてはおらず、治療もなされなかったことからすると、右第二、三頸椎の不安定ずれは本件受傷とは無関係の原告の素因としての変形性脊椎症の部分所見として従前からあったものか又は本件受傷とは無関係の他の外傷により生じたものと解される。そして前記の第四、五頸椎の変形とあるのは加齢による退行変性疾患としての変形性脊椎症の意である。そして頸部にこのような変形性脊椎症が存するときには原告主張の症状が発現するものであり、したがって原告主張に係る頸部に関する症状は、本件受傷との因果関係を認めることができず、本件受傷とは無関係の原告の素因としての変形性脊椎症又は本件受傷以外の他の外傷により生じたものと解される。
(二) 次に、歩いたり身体を動かすと右足首が痛むという症状は、本件受傷との因果関係を肯定する余地がある。神経根症状として理解すると因果関係が全くないとはいえないものである。また、腹の筋肉が常にしびれるように痛むという症状は、これを第一二胸椎圧迫骨折後の肋間神経痛又は上部腰神経の関連痛と理解すれば本件受傷との因果関係を認めることができる。
(三) 食欲がなく、食事後は下痢気味になり、胸が痛くなり、吐き気がするという症状は、本件受傷との因果関係を認めることができない。これらは一般的に消化器系の機能減退、障害に起因する症状であり、第一二胸椎圧迫骨折によって消化器系諸臓器に永続的な障害を残すことは考えられない。
もっとも喜馬病院の傷病名中には、前記のとおり「腸管、尿路不全損傷」もあり、「グ」浣は退院直前までなされている。しかし腹部の症状についての診療録の記載は昭和五六年八月四日までであること、多根病院への転院に際しての種池医師作成の紹介状には病名として「第一二胸椎圧迫骨折、頸椎捻挫」とのみ記載され、腹部の症状についての記載はなかったこと、多根病院、労災病院の診療録に腹部の症状についての記載はないことからすると本件受傷後発症した腸管不全損傷は、遅くとも喜馬病院退院時には治癒又は高度の改善がなされたものと解され、したがって原告主張の腹部の諸症状は、本件受傷との因果関係を認めることができないものといわねばならない。
(四) ところで原告の胸腰椎部には、昭和五六年八月一九日の多根病院への転院時におけるエックス線写真において既に変形性脊椎症の変化が現れており、右変化は、以後の労災病院受診時、河村医師の診察時の各エックス線写真において確実に増大している。変形性脊椎症の進行につき本件受傷が仮に関係があるとしても、その影響は一過性であるはずであり、右のような増大化は、原告が高齢(本件受傷時において既に満五六歳)であることによる退行変性に基づくものと解される。
そしてこのように原告に素因としての高齢に基づく変形性脊椎症が存することを考慮するならば、原告の訴える背腰部痛、下肢のしびれについては右変形性脊椎症が寄与する部分が相当程度に存するものと解するのが相当である。
(五) 原告の以上の脊椎から腰にかけての痛み、歩いたり身体を動かす際の右足首の痛み、腹の筋肉のしびれるような痛みなど第一二胸椎の圧迫骨折に基づく疼痛の程度は、「労働には通常差し支えないが、時には強度の疼痛のため、ある程度差し支える場合があるもの」という程度であると解するのが相当である。
三 以上に認定、判断したところによれば、原告には、外観上は明らかでないが、エックス線写真上明らかに第一二胸椎の圧迫骨折による脊柱の変形(奇形)障害(第一二胸椎椎体の中程度楔状扁平化)が認められ、したがってその障害等級は第一一級五「せき柱に奇形を残すもの」に該当するものである。
そして原告には、脊椎から腰にかけての痛み、歩いたり身体を動かす際の右足首の痛み、腹の筋肉のしびれるような痛みなど第一二胸椎の圧迫骨折に基づく疼痛(ただしこれらは原告の素因である加齢による生理的老化現象としての変形性脊椎症の寄与に基づくものと解する余地もある)の残存も認められるが、その程度は、「労働には通常差し支えないが、時には強度の疼痛のため、ある程度差し支える場合があるもの」と認められるのであるから障害等級第一二級一二「局部にがん固な神経症状を残すもの」を超えるものではない。そして右の神経症状は、脊柱の変形障害に通常派生する程度の付随的障害であり、主たる身体障害である脊柱の変形障害に吸収され一個の障害として把握すべきであるから、原告の残存障害は右の脊柱の変形障害(上位の等級)によるものとして、障害等級第一一級五に該当するものであり、したがってこれと同旨の本件処分は適法なものであると解される。
四 以上の次第で、原告の本訴請求は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 北澤章功 裁判官 鹿島久義 裁判長裁判官中田耕三は転官につき署名押印することができない。裁判官 北澤章功)